1、信託の意義
認知症や交通事故・精神障害などにより、判断能力が低下してしまうと、日常生活において非常に多くの問題が発生します。特に、少子高齢社会の現在、認知症高齢者数は年々増加傾向にあり、今後も増加すると推計されています。
判断能力が低下してしまうと、自分自身で必要な契約の締結ができなくなったり(例えば、介護施設への入所、不動産の売買・賃貸借・修繕など)、預貯金の振込み・払出しなどの手続もままならなくなってしまいます。また、相続税対策、資産運用といったことも同様にできなくなってしまいます。
このような、認知症等による判断能力低下の備えとして「信託」が注目されています。
信託とは、委託者が信頼できる受託者に対し、自己の不動産・預貯金等の財産を移転して受託者の財産として帰属させ、信託目的に従って、受益者のために信託財産を管理・処分することをいいます。(信託法2条1項)
家族信託は、一般に「家族型の民事信託」と言われる信託であり、財産の管理・処分を信頼できる家族に託すことをいいます。
認知症等により自身の判断能力が衰える前に、自分自身や配偶者、子その他の親族の生活や福祉を考え、不動産・預貯金・有価証券等の資産を、ご自身が定めた目的に従って、管理・処分を行ってもらいます。
家族信託を活用することで、成年後見制度の限界を補充することができ、また、成年後見制度と併用することにより、ご自身の意向に沿った、より良い財産管理と身上監護を行うことができます。
※認知症等により判断能力が衰えた後では家族信託を利用することができませんので、将来に向けて財産の管理、資産運用、相続税対策等をご検討の方はお早めにご相談下さい。
八木貴弘司法書士事務所では、相模原・町田・八王子を中心として、関東全域で家族信託に関するご相談を承っております。家族信託に関して不明点等ございましたら、お気軽にご相談ください。
〇認知症高齢者数の推計
65歳以上の認知症高齢者数と有病率の将来推計についてみると、平成24(2012)年は認知症高齢者数が462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)であったが、37(2025)年には約5人に1人になるとの推計もある(図1-2-11)。
1、信託の登場人物
信託に登場する人物は、基本的に「委託者」「受託者」「受益者」の3名ですが、委託者は受益者も兼ねていることが通常です。ケースによっては、受託者が適正に管理・処分しているかをチェックする「信託監督人」や、受益者による権利行使を代わりに行う「受益者代理人」を加えることがございます。
~委託者が受益者を兼ねている場合~
2、信託と成年後見の比較
信託と後見制度は、財産管理のための制度である点は共通します。しかし、両制度には主に以下のような違いがあります。
①成年後見は財産管理・身上監護のための制度であるのに対し、信託は財産管理及び財産承継のための制度です。したがって、例えば、施設入所契約の締結について信託を利用して行うことはできません。
②信託は、信託行為の内容次第で、直ぐにでも財産管理を開始することができますが、成年後見は、本人の判断能力が低下してから後見開始の審判により財産管理が始まります。
③信託では、信託行為の内容次第で、管理する対象財産が決まります。これに対して、成年後見では後見人が被後見人のすべての財産を管理することになります。
④信託は、譲渡の形式により受託者が所有者となって対象財産の管理処分権限を有します。これに対して、成年後見では、後見人が管理処分の包括的代理権を持つことになり、本人の行為について取消権を有することになります。
⑤信託は、信託行為の内容次第で、例えば教育資金の贈与など他人のために財産を利用処分することもできます。これに対して、成年後見では、後見人は被後見人の財産の維持に努めるため、贈与など他人のために財産を利用することは非常に難しくなります。
⑥信託は、信託行為の内容次第で、委託者の死後の財産管理処分について決めることができます。これに対して、成年後見は、被後見人の死亡により業務は終了します。
3、家族信託のメリット・デメリット
2、信託と成年後見の比較から、家族信託には主に以下のメリット・デメリットがあるといわれています。
【メリット】
家族信託の場合には、契約の時点で受託者による資産の管理と運用が始まりますので、委託者は、受託者が自身の意向どおりに資産の管理や運用を行っているかを見届けられます。
② 後見制度に代わる柔軟な財産管理ができる
成年後見では、自分の親族や信頼できる方ではなく、全く面識のない第三者が後見人に選任されることもあり、資産の積極的な活用や生前贈与などの相続税対策が困難となりますが、家族信託であれば、元気なうちに、資産の管理や処分を自身の信頼できる方に託すことができます。
③ 財産承継の順位付けが可能になる
家族信託では、最初に指定した受益者が万が一なくなってしまった場合でも、次の受益者を指定することができます。
④ 倒産隔離機能がある
家族信託には、将来自分や受託者が信託財産に関係ない部分で債務を追ってしまった場合に、信託財産は差し押さえられないという、いわゆる「倒産隔離機能」があります。
※ただし、委託者が債権者を害することを知って信託した場合には、受託者が債権者を害すべき事実を知っていたか否かを問わずに詐害信託として取消しの対象になりますので注意が必要です。(信託法11条)
⑤ 二次相続が指定できる
家族信託を利用すれば、例えば、委託者Aは自身が亡くなった後にまず妻Bを財産の受託者と指定し、その後、妻Bが亡くなった後は、子Cを受益者として指定することもできます。
【デメリット】
2、信託と成年後見の比較に記載のとおり、成年後見は財産管理・身上監護のための制度であるのに対し、信託は財産管理及び財産承継のための制度です。したがって、例えば、施設入所契約の締結について信託を利用して行うことはできません。
成年後見制度と併用することにより、ご自身の意向に沿った、より良い財産管理と身上監護を行うことができます。
② 財産の名義が変わってしまう
信託財産の実質的な権利者は受益者であり、受託者は委託者・受益者の信任を受けて財産を管理・処分するものですが、たとえ受益者という立場になっても、受託者へ自分の財産の名義が変わってしまうことに抵抗感を持つ方もいらっしゃるでしょう。
③ 高い節税効果は期待できない
家族信託をすることで、節税効果があるわけではありません。しかし、家族信託により認知症等判断能力の低下への対策を予めとっておくことで、結果的に十分な相続対策、資産運用が行えることになります。
また、後見制度を利用し第三者後見人が就いた場合、本人の判断能力が回復するかお亡くなりになるまで月額2万~7万円程度のコストがかかってしまいますが、家族信託により後見制度を利用する機会を抑えられれば、後見人に支払う費用を抑えることができ、財産の流出を防ぐことができます。
このように、家族信託は節税対策というよりも、将来の不測の事態に備えた「保険」と考えてください。
4、家族信託の活用ケース
もしも認知症になってしまったら、自身の不動産を売ることができなくなり、預貯金を下すこともできなくなります。また、相続対策のための贈与・借入などもできなくなります。後見代用信託を利用すると、自身が認知症になった後でも、受託者の働きにより、より良いタイミングでの不動産運用・処分、預貯金の払い戻し、相続税対策ができるようになります。
ケース2 : 大切な人に財産を残す(死亡後の信託)
親族に障がい者や、引きこもり等自立生活が困難な方がいて、自身が亡くなった後も遺産を支援が必要な方に給付し続けたいという意向がある場合、遺言信託により、例えば、信頼できる親戚を受託者にして、支援したい方を受益者とすることで、将来にわたって思いを伝えていくことができます。
ケース3 : 子どもの成長を願う(教育資金贈与信託)
教育資金贈与信託を活用することで、自身が認知症等により判断能力が低下した後でも、受託者の働きにより、子・孫への生前贈与を継続することができます。信託財産から贈与することになりますので、自身に成年後見人が就いた後でも、後見人の権限は及びません。
ケース4 : 思い出の不動産の処分(実家売却信託)
実家の親が高齢になったので、一緒に住むことになったが、親が高齢のため実家を売却したいが直ぐに売ることができない。空き家になってしまった実家の維持・管理が大変。といった不安がある場合、実家売却信託を活用することで、受託者が代わりに管理・処分を行い、売却等の収益を使って自身の安定した生活や福祉に利用することができます。(参考事例 参照)
ケース5 : 可愛いペットを護りたい(ペット信託)
入院、介護施設への入所、死亡といった事態が生じ、自身がペットと生活ができなくなってしまった場合、誰がペットの面倒を見てくれるのか不安に感じると思います。信託により、財産の用法を定めて信頼できる方に託することにより、自身が死亡した後でも信託契約を終了せずペットを護るために継続していくことができます。また、信託財産をペットの飼育費以外の用途に使うことができないといった定めをすることも可能です。
など
八木貴弘司法書士事務所(神奈川県相模原市/緑区)|家族信託